絵本江戸土産(ゑほんえどみやげ)の原版(げんはん)は。今(いま)を去(さ)ること一百年(いつひやくねん)。宝暦(はうれき)
のそのむかし。当時(たうじ)名高(なたか)き画工(ぐわこう)にて西村重長(にしむらしげなが)なるもの。
手(て)に成(なり)し跡(あと)を逐(おひ)て。次編(じへん)は鈴木春信(すゞきはるのぶ)てふ。画工(ぐわこう)の是(これ)を
嗣(つげ)りとなむ。その頃(ころ)大(おほい)に流行(りうかう)して。絵本(ゑほん)の鼻祖(びそ)と仰(あふが)れしも。
一年(ひとゝせ)祝融(しゆくゆう)の災(わざはひ)に罹(かゝ)り。彫板(えりいた)尽(つく)して烏有(うう)となれり。嗚呼(ああ)
惜哉(をしいかな)此書(このしよ)の如(ごと)き。東都(とうと)の繁華(はんくわ)はかはらねど。中古(ちうこ)の風俗(ふうぞく)を
見(みる)に足(た)れり。然(しか)るに名所(めいしよ)古跡(こせき)といへども。多(おほ)く星霜(せいさう)を経(ふる)に及(およ)
びて沿革(ゑんかく)することなきにあらず。這回(こたび)頻(しきり)に思起(おもひおこし)て。広重子(ひろしげし)に
需(もと)め現存(げんぞん)の在(あり)さまを画(ゑがゝせ)は。再刻(さいこく)の時(とき)至(いた)るも。書肆(しよし)金(きん)
幸堂(かうだう)が丹誠(たんせい)にて。遠国(をんごく)他郷(たきやう)の褁(つと)に宜(よろ)しく。新古(しんこ)を並視時(ならべみるとき)は。
時勢(じせい)を知(し)るの一助(いちじよ)に庶(ちか)し。再刻(さいこく)成(なる)の日(ひ)余(よ)に序(じよ)を請(こふ)。余(よ)
速(すみやか)に筆(ふで)を採(とり)。その来歴(らいれき)を述(のべ)てもて。端書(はしがき)に換(かゆ)るといふ
庚戌初秋日 金水陳人題

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