舒詞
土佐画(とさゑ)の百鬼(き)夜行(やぎやう)には。頼光(よりみつ)朝臣(あそん)が物怪(ものゝけ)を
おもひ。北窓翁の百人女蟖(ぢよらう)には。源氏君(げんじのきみ)が品定(しなさだめ)を
こそしのばめ。よしや画(ゑ)のうへを其(その)まゝに。怪談(くわいだん)
話(ばなし)は仕(し)いだすとも。美人(びじん)を模(うつ)せる冊子(さうし)に見惚(みほれ)て。
画上(ぐわじやう)に涎(よだれ)を流(なが)す事(こと)なかれ。百鶴(くわく)百亀(き)のめでた
げなるは。金屏風(きんびやうぶ)の形(かた)に似(に)つ。百鳥(てう)随鳳(ずいほう)の老実(まじめ)
らうたき。鳥類(てうるゐ)の会集(くわいがふ)かと思(おも)はる。或は百花鳥(くわてう)
の麗(うるは)しき。百蝶(てふ)百草(さう)の艶(やさし)げなる。抔(など)とりいでゝ
いはんには。画巻(ぐわくわん)の紐(ひも)の最長(いとなが)く。百蟹(がい)の鋏(はさみ)。挙(あげ)て
かぞふべくもあらず。いかでか百雀(じやく)百燕(えん)の。百囀(もゝさへづり)
にもおよぶべからん。さるは皆(みな)同種(だうしゆ)にして。其形(そのかたち)の
異(ことなる)を。ひとつらに画(ゑがけ)るものとぞ。往年(さきに)京師(けいし)の尾形(をがた)
氏(うぢ)は。森羅万象(しんらまんざう)をこと/\く。心(こころ)の欲(ほつす)る侭(まま)に画(ゑがき)。題(だい)して
光琳百図(づ)と号(よぶ)。今哉(いまや)己友(わがとも)広重(ひろしげ)大人(うし)も。書肆某(しよしなにかし)の
乞(こふ)に応(まかせ)て。此一冊を描(うつし)いで。立斎(りうさい)百図(づ)と号(なづけ)られたり。
其此(それこれ)画帖(くわでふ)は同名(どうめい)ながら。先生(せんせい)従来(もとより)画道(ぐわだう)の龍馬(りうめ)。先
に■(馬ヘンに「異」)ありとも。碧緑(びやくろく)■の青蝿(あをばへ)めき。それが尾形(をがた)に着(つく)
にはあらで。例(れい)の曲筆(きよくひつ)新奇(しんき)を撰(えらべ)ば。此画冊(このもの)一度(ひとたび)発販(はつはん)
せんには。高評(かうひやう)も又駿足(ときうま)に等(ひとし)く。一瞬(ときのま)に千里(せんり)を行(ゆく)べし
嘉永辛亥獻春 柳下亭種員誌