漢(かん)にいはゆる竜眠(りやうみん)の人物牧渓(もつけい)の山水(さんすい)なん
どおの/\得たる処ひとつふたつに過(すぎ)ず
爰(こゝ)に浮世絵(うきよゑ)のうきたる心地(こゝち)すれど江都(ゑと)
むらさきの染(そめ)屋に軒(のき)を並(なら)ぶ吾嬬(あつま)ぶりの
歌(うた)川何某(なにがし)松が根(ね)に毫(ふで)を擲(すて)たるためしも
きかず日本魂(やまとたましい)の丹青(たんせい)をぬきんでたれは毛唐(けたう)
人(じん)の下(しも)に立んこと難(かた)しされば韓大尉(かんたいぜう)がとら
の月には日吉(ひえ)の山王を恵方(ゑほう)と定(さだ)め松斎(せうさい)か
梅見月には趙子昴(てうすごう)のうまの日詣(もふで)卒翁(そつおう)の布袋(ほてい)
堂(たう)に嬰児(みどりこ)をよろこばせ隅田(すみだ)河の堤(つゝみ)に
は趙昌(てうせう)か草木(さうもく)に月山(げつさん)の花鳥(はなどり)をうつし
蘇東坡(そとうば)が竹芝に山(さん)門の楼閣(らうかく)をよぢ驪山(めぐろ)
みちの眺望(ながめ)は閻士安(ゑんしあん)が野景(やけい)を添(そ)ふ丁野(ていや)
堂(どう)の菊(きく)月は神明(しんめい)の社頭(しやとう)に蜀(しよく)の薑(はじかみ)の市を
なし陳所翁(ちんしよおう)の金龍(きんりう)山に呉道子(ごどうし)の観音(くはんおん)を
現(あらは)して憲宗(けんそう)皇帝(くはうてい)の孔雀(くじやく)茶亭(ぢやや)をうつす
たぐひすべて唐画(とうぐは)も及ばぬ彩色(いろどり)をくはへて
斧(おの)の柄(え)のくちをしからぬ楚満(そま)人の戯言(むだこと)を
梓(あづさ)にせんと老(おひ)を養(やしな)ふ甘泉堂(かんせんたう)の心をくみて
水茎(ぐき)の水もりに文鎮(ぶんちん)のひつみを正(たゝ)し歌
番匠(はんぜう)の墨縄(すみなわ)をひく新造作(しんそうさく)の二帖(でう)敷(じき)手斧(てうな)
はしめの序(しよ)文の板下(はんした)にいろはつけの
良材(りやうさい)をえりて硯(すゝり)の礎(いしすへ)をしかとすえるものは
甲子の睦月 山陽堂「芝の屋」