和漢(わかん)詞徳抄(しとくせう)序(じよ)
やまと歌(うた)の徳(とく)はちからをもいれずして
天地(あまつち)を動(うご)かし眼(め)にみえぬ鬼神(おにかみ)をも
あはれとおもはせ男女(をとこをみな)の中(なか)をも和(やは)らけ
猛夫(たけきものゝふ)のこゝろをも慰(なぐさむ)ると也さりやその
威徳(ゐとく)ありし例(ためし)を輯(あつめ)いづれも人か
梓(あつさ)に行(おこな)ひ物(もの)がたり種(ぐさ)とせしも今は
百(もゝ)とせを経(へ)ぬべしそれより後(のち)京師(けいし)の
西川浪花(なには)の月岡(つきおか)などが畫(ゑ)におもむきの
よろしきを冊子(さうし)となせしも粗(ほゞ)みはへりし
されど連歌(れんが)または誹諧(はいかい)の句(く)のうへにて
徳(とく)ありしはいまだ著述(あらはしのべ)ず異国(ことくに)にも
詞(ことば)の威ありけるは殊(こと)に唐(たう)の代(よ)に多(おほ)
かりしにやみづから見し事他(ひと)の語(かたり)し事
これかれに遺(のこ)れるを拾(ひろ)ひいにしへ今の
わかちもなくあつめおきしが詞徳(しとく)
のかたじけなきを童蒙(とうもう)にしらしめ
言(こと)の葉(は)のみちひきにせんと諸風士(しよふうし)
に賞譽(しやうよ)の誹句(はいく)をすゝめ畫人(ぐはじん)北尾(きたを)
に図(づ)をおぎなはせて全部(ぜんぶ)二冊(さつ)と
なし申椒堂(しんしやうだう)にあたへはべる也
 在土神田玉池
  一陽井素外
安永八年乙亥冬