絵本武者鞋序
王右軍(わうゆうぐん)の筆陳図(ひつぢんのづ)を按ずるに筆硯紙墨は
みな戦場のそなへなれは旌旗組練もまた
文房の外に出さるへし良工の腕を揮(ふるふ)は元帥(けんすい)の
三軍を使ふに似たり画家の六法は兵家の軍
令にことならす一幅画も人の珍籍にあはゝなん
ぞ軍功の爵賞(しやくしやう)におとらん北尾重政は丹青の
道に高名(かうめう)ありて実に一騎当千の倭絵(やまとゑ)之その
筆鉾のするとき大敵の絵難坊(ゑなんほう)もたゝちに
降参(かうさん)の冑(かふと)をぬくへし嗚呼重政が画における
虎頭将軍の帷幕(いばく)を出ずされは今年も耕書堂
か新刻の書そこはくありといへとも此武者鞋の
二冊をもて草子の地場をふみかためみせ先に
屯せる百万の主顧(とくい)の中へ商ひ始(はしめ)の先陣をなす
事しかり
 丁未の春 宿屋飯盛識