たとへ艸序
前(まへ)に京師(けいし)何某(なにがし)の著述(ちよしゆつ)にやしなひ草(ぐさ)といへる
秀冊(しうさつ)あり是(これ)道(みち)に志(こゝろざし)ふかき人(ひと)の詩歌(しいか)書画(しよぐは)を
集(あつめ)て蔵(かく)せるを終(つい)には紙魚(しみ)のためにくらはれ果(はて)は
塵塚(ちりづか)に捨(すて)ん事(こと)をいとひて世人(せじん)の階梯(かいてい)とせん
と梓(あづさ)に鏤(ちりはめ)今(いま)時花(もつはら)世(よ)に行(おこなは)る是(これ)を閲(けみ)するに三教(さんげう)
一致(いつち)のさとし安(やす)きの金言(きんげん)感(かん)ずるも猶(なを)あまりあり
曽(かつ)て道(みち)に入(いる)の門(もん)ともなりなんは譬(たとへ)ば古道具(ふるどうく)
店(みせ)にさま/\の物(もの)ならべ立(たて)たる中(うち)にさのみわか望(のぞ)み
にはなけれとも須叟(しばらく)眺(ながめ)ゐる内(うち)に思(おも)ひつき買求(かいもとむ)る
がことしと此(この)准言(よそへごと)面白(おもしろ)く其尾(そのを)にとりつく鱓(ごまめ)の
歯奴(はぎしり)雑魚(ざこ)の大(とゝ)魚まじりの類(たぐひ)なれ共予(よ)もまた
手遊店(てあそびみせ)の売(うり)ものに表(ひやう)して若(もし)や童蒙(どうもう)の道(みち)に
進(すゝみ)たまはん方便(てだて)ともなりなんと今(いま)はた喩草(たとへぐさ)と
題(だい)して小冊(せうさつ)となしぬされど前(さき)のやしなひ草(ぐさ)は
くらぶ山(やま)の雲(くも)に咲(さき)て後(のち)のたとへ艸(ぐさ)は麓(ふもと)の泥(どろ)に
生(しやう)す文華(ふんくは)も亦(また)黒白(こくびやく)の違(たがひ)あり実(げ)に文(ふみ)に
盲(めくら)の蛇(へび)に不恐(おぢず)暗闇(くらやみ)の恥(はぢ)を昼中(あかるみ)に曝(さらす)が
ごとし其腸(そのはらはた)の腐(くされ)臭(くさ)ければ手(て)にもふれ■(まは)
さるは尤(もつとも)然(しかり)偏(ひとへ)に貴子(きし)の高免(かうめん)を希而巳(こひねがふのみ)
 寛政七の年 卯の太郎月 芝全交誌